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名古屋高等裁判所 昭和63年(う)194号 判決 1989年2月22日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人西尾幸彦及び同湯木邦男が連名で作成した控訴趣意書及び同補充書(なお、当審第二回公判期日における主任弁護人の釈明参照)に、これに対する答弁は、検察官川瀬義弘が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一に対する理由不備の主張について

所論は、要するに、原判決は、原判示の第三「罪となるべき事実」の一の豊田通商株式会社東京支店と日通商事株式会社名古屋支店と(以下、豊田通商株式会社及び日通商事株式会社をそれぞれ、「豊田通商」及び「日通商事」という。)の間の食肉取引を「取引仮装行為」ときめつけたうえ、日通商事常務取締役名古屋支店長被告人において、同支店物資部長原審相被告人Aと同部次長原審相被告人Bと同部係長(ただし、昭和五七年一〇月一日からは同部課長代理)原審相被告人Cと同支店経理部長原審相被告人Dと株式会社ブルドック(以下「ブルドック」という。)の実質的経営者である○○○○ことE(以下「E」という。)との五名(以下「本件共犯者」という。)らと共謀のうえ、被告人と本件共犯者とブルドックとの利益を図り、かつ、日通商事に害を加える目的をもって、日通商事のため誠実にその職務を遂行すべき任務に違背し、豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の右食肉取引、すなわち、取引仮装行為を仕組み、その代金名下に、豊田通商東京支店に対し、原判決別紙犯罪事実一覧表(一)掲記の約束手形八九通(額面合計七七億二五四一万五六〇二円、以下「本件手形」という。)を交付し、もって、日通商事に右同額の財産上の損害を加えた旨認定判示し、商法上の特別背任罪の成立を肯認しているが、原判決が挙示する関係各証拠によれば、豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の右食肉取引においては、売買の対象となる食肉が実在していたのであり、豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店は、ブルドックが第三者に食肉を販売するについて、その間に商社として介入し、手数料を得るため、いわゆる「介入取引」をしたに過ぎず、豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の右食肉取引は、取引仮装行為などと非難されなければならないようなものではないのであって、結果的に、日通商事名古屋支店が右の介入取引の流れにおいて、その食肉の販売先である株式会社双栄(以下「双栄」という。)から代金として信用のない手形等を受け取り、これが日通商事の損害に結び付く結果になったことはあるにせよ、少なくとも豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の食肉取引という観点から見る限りは、日通商事名古屋支店は、豊田通商東京支店がブルドックから買い受けた実在の食肉を転買いし、その代金として本件手形を豊田通商東京支店に交付したものであって、これが日通商事に財産上の損害を加えるものとはなり得ず、犯罪を構成する余地も一切ないから豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の右食肉取引を取引仮装行為ときめつけたうえ、豊田通商東京支店に対して以上のとおり介入取引による代金として本件手形を交付したに過ぎない被告人の行為をもって商法上の特別背任罪を構成すると認定判示した原判決は、原判決挙示の関係各証拠に基づく事実認定や法律構成において、商社の経済活動の実際や論理法則、経験則に照らし、これを到底是認できないものであるから、原判決には理由の不備がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、原判決が挙示する関係各証拠の内容に照らしつつ原判決の認定説示しているところを検討するに、まず、原判決が第三「罪となるべき事実」の一の中で「取引仮装行為の一環」であると認定判示した食肉取引、すなわち、豊田通商東京支店がブルドックから買い受けた食肉を日通商事名古屋支店に売り渡すという豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間で昭和五六年一二月二八日ころから昭和五七年一一月二〇日ころにかけて合計二六回にわたって行われた食肉取引(なお、原判決が別紙「犯罪事実一覧表(一)」において、「犯行年月日」として摘示しているところは、各取引日のことをいうものと解される。)の実態を見てみると、右食肉取引は、最初の一回位の取引においては、食肉が実在したかどうかの点について疑問が残るのを除き、他の取引においては、豊田通商東京支店からのクレームによって食肉の保管冷蔵庫が自家冷蔵倉庫から営業倉庫に改められるなどしたことからも明らかなように実際に食肉が存在したものであり、その限りでは、これを架空取引とか仮装取引とはいうことはできず、したがって、豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の勘定計算の観点だけから右食肉取引を見るならば、日通商事名古屋支店としては、毎回、豊田通商東京支店から営業倉庫保管の食肉の引渡しを受ける代わりに、その代金として豊田通商東京支店に対し、本件手形のうちの関係手形を交付していたのである(したがって、これら豊田通商東京支店に対する約束手形の交付行為をもって、日通商事に対して財産上の損害を加えるものではないと、一応形式的にはいい得るかも知れないであろう。)が、豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店との間の右食肉取引はブルドックから豊田通商東京支店へ、そこから日通商事名古屋支店へ、そこから双栄(双栄はブルドックと経済的に同一体と評価すべきものである。)へという食肉取引の連鎖的な流れの過程における一環に過ぎず、しかも、豊田通商東京支店は、いわば情を知らない道具として右の連鎖的な食肉取引の流れの過程に介在させられ、後日日通商事名古屋支店から本件手形、すなわち、日通商事名古屋支店が豊田通商東京支店から買い入れた食肉の代金名下の約束手形交付を受ける対価としてブルドックに対して、ブルドックから購入した食肉代金名下に豊田通商東京支店振出の約束手形を交付するという形で、それに見合う額の融資をさせられていたに過ぎず、これを日通商事名古屋支店の側から見れば、豊田通商東京支店に対して、資金繰りに窮していたブルドックへの融資資金を食肉代金名下に事後的に供給していたに過ぎないものであり、右のようなブルドックと豊田通商東京支店と日通商事名古屋支店と双栄との間の食肉取引は、豊田通商にとっては格別、少なくとも日通商事にとっては、「取引仮装の行為」と断じても一向に差し支えなく、被告人が本件共犯者らと共謀し、日通商事名古屋支店においてそのような連鎖的な食肉取引に加担して豊田通商東京支店に対して食肉代金名下に手形を交付させたこと自体、すなわち、原判示第三の一の所為が既に日通商事に損害を及ぼすものであって、これが商法四八六条一項所定の特別背任罪に当たるものであることは明らかといわざるを得ない。

右のように断ずべきゆえんについて、原判決が挙示する関係各証拠によって認められるところのブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引が開始されるに至った経緯等の事実関係と、これに基づく説明を付加しておく。

(1) 被告人は、日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で行っていた食肉取引において、日通商事名古屋支店の食肉取引高が従前よりもますます多額となったため、ブルドックグループ(被告人らは、当時、食肉取引に係る債権限度額との関係でブルドック、双栄及び松井食肉産業株式会社をまとめてブルドックグループと呼称していた。以下右呼称に従う。)に対する販売債権額が既に日通商事本社によって五億円まで拡大してもらっていた限度枠を超えないよう個人的に手控えを作って管理し出した矢先の昭和五六年二月ころ、Eが「雪のため、積荷の到着が遅れている。」などという理由を付けて双栄振出の手形のジャンプを頼み込んで来たため、「その程度のことで手形の支払いができないのはおかしい。ブルドックグループは、大分資金繰りに詰まっているな。」という不安感を抱いていたところ、次いで同年三月ころ、日通商事名古屋支店物資部次長Bから「これは手形の分です。」といわれてブルドックからの食肉仕入れの承認を求められた際、被告人の付けていた右手控えに基づきながら、これまでの食肉取引の推移に照らし合せて見ると、右Bによって承認を求められたブルドックからの食肉仕入れ額にほぼ見合う額の双栄振出の手形の決済期日が来ていたため、「ブルドックが今回の日通商事の手形を割引きに回して、双栄振出の手形の決済資金の手当てをするのだな。」と看破するに至った。

(2) こうして、被告人は、昭和五六年三月ころには既に、ブルドック及び双栄が資金繰りに窮している状態にあり、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間で従前から行われていた食肉取引、すなわち、日通商事名古屋支店において、まずブルドックから食肉を仕入れ、ブルドックあてに右食肉代金額相当の手形を交付し、その後右食肉を双栄に転売し、双栄からは右食肉代金に食肉販売手数料相当分を加算した手形の交付を受けるという形態の食肉取引の中には、食肉の現物を伴わない帳簿上だけの架空取引が相当介在していること、しかも、双栄は単に日通商事からブルドックに食肉代金名下に資金繰りをさせるためのダミー会社であって、ブルドックとは経済的に同一体と評価すべきであること、したがって、右形態の食肉取引は現にブルドックの資金繰りをまかなうように利用されているわけであるが、今後ともこの形態の食肉取引が継続されるときには、日通商事名古屋支店としては、双栄からは、食肉販売手数料の加算分だけでもブルドックが日通商事名古屋支店から食肉代金名下に受け取った手形よりも額面額の多い手形を受け取らなければならないのに、ブルドックが日通商事名古屋支店から受け取った手形を他で割り引いて得た資金を全部、双栄が日通商事名古屋支店に交付した手形の決済資金に充てるという保障はなく、仮に右決済資金に充てたとしても、ブルドックは右手数料加算分及び手形割引料分については新たな資金繰りに迫られることになり、結局、日通商事名古屋支店にとっては、最終的に決済されない危険のある双栄の手形を抱え込むことになり、全体としてこれを見れば、日通商事名古屋支店がブルドックに対してその資金繰りをまかなうための金融の手段として融通手形を交付するのと実質的に同じであることを認識するに至った。

(3) しかしながら、被告人は、これまでのようなブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的食肉取引を取りやめるならば直ちに多額の双栄の不渡手形を抱え込むことになるのをいたずらに恐れ、自己の保身のためにも、右食肉取引の実体が前記のようなものであることを日通商事本社に対して明らかにしないまま、これまでのような食肉取引の形態を維持していく中で、とりあえず双栄に不渡手形を出させないように腐心しつつ、おいおいその圧縮を図って行こうとしたが、日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額は増加の傾向をたどり、販売債権額の限度枠オーバーという事態を避けるため、双栄からは、手形の代わりに、振出日白地の小切手の交付を受け、現金決済の形を装っていたものの、その小切手の決済も滞り出すに至り、昭和五六年一〇月ころになって、日通商事本社に対して再度、ブルドックグループに対する食肉の販売債権額の限度枠を五億円から九億円に増額することを申請したところ、同年一一月ころ、限度枠を七億円にすることの承認を得るにとどまった。

(4) 丁度そのころ、Eから、日通商事名古屋支店物資部長Aらを通じ、あるいは直接、被告人に対して、「従前から行われていたブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引の過程に豊田通商東京支店を介在させ、ブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引の流れを仕立て、豊田通商東京支店には、食肉を一定期間在庫として抱えてもらおう。」との提案が持ち出され、被告人においても、既に前記のとおり、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的食肉取引がブルドックの資金繰りをまかなうために仕立てられており、この食肉取引を取りやめれば、たちまちブルドックとしても、双栄の手形等の決済資金に窮する事態に立ち至ることを認識していたのみならず、ブルドックグループとの取引は既に販売債権額の限度枠の限界に達しており、日通商事名古屋支店では限度枠オーバーという事態を避けるために双栄からの振出日白地の小切手を多数抱え込んでおり、さりとて日通商事本店からは、販売債権額の限度枠も思ったほど増額してもらえなかったので、「もし二か月程度の一定期間、豊田通商東京支店に食肉を在庫として抱えてもらえるなら、その間、日通商事名古屋支店としては、双栄に対して食肉を販売する手続をとる必要がないことになるから販売債権額の限度枠オーバーという事態を苦慮しないですむし、双栄としても、日通商事名古屋支店に対して食肉代金名下の手形等を振り出す時間が稼げることになり、ブルドックの資金繰りには大変いいことだ。」などと考え、Eからの右提案に係る話を進めることにし、その結果、ブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引が開始されることになった。

(5) 豊田通商東京支店としては、それまでに食肉取引の経験は全くなかったが、Eらから食肉取引を勧められた結果、豊田通商東京支店がブルドックから仕入れた食肉は必ず日通商事名古屋支店において日通商事振出もの約束手形を交付して買い取るとの約定の下に、手数料を得るために食肉取引を開始したものであり、当然、その食肉取引は現物が伴うものであると考えていたが、被告人やEらにとっては、新たに豊田通商東京支店を介在させることにしたこの度の食肉取引も、従前から行って来たところのブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引と同様、ブルドックの資金繰りをまかなうために行われるのであって、実際に食肉の現物を伴うものであるかどうかは、本来どうでもよかった事柄であり、それ故に、前記認定のとおり、豊田通商東京支店から食肉の保管冷蔵庫を自家冷蔵倉庫から営業倉庫にせよとのクレームが出された関係上、最初の一回位の取引を除けば、他の取引ではすべて実際に食肉の現物を伴わせざるを得ない結果にはなったものの、その後も、ブルドックが豊田通商東京支店に一度販売し、その後双栄名義で買い戻した食肉を、もう一度豊田通商東京支店に販売してみたり、販売に回した食肉の単価が異常に高かったりしたなどのため、豊田通商東京支店からクレームが付けられたことがあったし、また、Eは、食肉代金名下に豊田通商東京支店から受け取った手形を割り引いて資金を得る他方で、双栄名義で豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店に対する各手数料分だけ高額で買い戻された食肉をそのままよそでダンピング処分するということなどもあったものである。

(6) 右のような経緯で開始されるに至ったブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引は、豊田通商にとっては、ブルドックに自己の信用のある手形を交付しても、日通商事名古屋支店からやはり信用のある手形の交付を受け入れることになり、格別の損害を受けないのに対して、日通商事にとっては、従前からのブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的食肉取引におけると同様、肝心のブルドックにおいて、販売先への手数料加算分及びブルドックが食肉代金名下に受け取った手形の割引料分についても新たな資金繰りに迫られるという関係からブルドックの資金ぐりの逼迫は一向に改善されず、結局、日通商事名古屋支店において最終的に決済されない危険のある双栄の手形を抱え込むことに終始することから、日通商事名古屋支店がそのような食肉取引に加担してこれを繰り返せば繰り返すほど、一方的に日通商事の損害だけが増大するものであり、加えて、日通商事名古屋支店振出もの約束手形を豊田通商に交付する度ごとに、右約束手形金額に見合う日通商事の少なくない資金の有効な運用が阻害されるに至るものであって、所論指摘の手数料を得ることを目的とする介入取引というような商社の健全な取引活動の範ちゅうには属しないことが明らかである。そして、結局のところ、先に説示したように、豊田通商東京支店は、いわば情を知らない道具として、従前から行われて来たブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引に介在させられただけであり、日通商事名古屋支店から食肉代金名下に手形の交付を受ける対価として、資金繰りに窮していたブルドックに対してそれに見合う額の融資をさせられていたに過ぎず、これを日通商事名古屋支店の側から見れば、豊田通商東京支店に対して、資金繰りに窮していたブルドックへの融資資金を食肉代金名下に事後的に供給していたに過ぎず、日通商事に財産上の損害を及ぼすこととなることは明白である。

(7) 以上のとおり、ブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引は、原判決が認定説示するように、これを「取引仮装の行為」と断じて何ら差し支えないものであり、日通商事名古屋支店において右取引仮装の行為に加担したうえその一環として豊田通商東京支店に食肉代金名下に手形を交付すること自体が既に、前示のとおり当該食肉が実在したか否かを離れて日通商事に損害を加えるものであり、その反面において、日通商事名古屋支店より手形交付のあることを前提としている豊田通商東京支店から食肉代金名下に手形の交付を受けるブルドックの利益や、保身等を考えている被告人らの利益を専ら図るものであって、およそ商社の健全な取引活動とは関係のない事柄であり、かつ、日通商事の内部規程である支店長委任権限規程第二条一二項に照らしても、日通商事の常務取締役名古屋支店長の地位にあり、日通商事のため誠実にその職務を遂行すべき任務を負った被告人としては、これを行うことが職務違背の行為として許されないといわなければならないのである。原判決のこの辺りの認定説示には、措辞不十分で分かりにくい点があるとのそしりを免れないにせよ、原判決の第三「罪となるべき事実」の一並びにこれに絡む第二「関連会社の概要及び犯行に至る経緯」中の関係部分に現れた文言を原判決が挙示する関係各証拠の内容に照らしつつ判断すれば、原判決は、結局のところ右に認定説示して来たところと同様の趣旨を認定説示したものと考えられる。

以上の次第で、原判決には事実認定や法律構成の面で所論のような理由の不備はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一に対する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店間の食肉取引を「取引仮装行為」ときめつけたうえ、日通商事常務取締役名古屋支店長の地位にあった被告人において、本件共犯者らと共謀のうえ、被告人、本件共犯者及びブルドックの利益を図り、かつ、日通商事に害を加える目的をもって、日通商事のため誠実にその職務を遂行すべき任務に違背し、取引仮装行為である豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店間の右食肉取引を仕組み、その代金名下に、豊田通商東京支店に対し、本件手形を交付し、もって、日通商事に右同額の財産上の損害を加えた旨認定判示しているが、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店間の右食肉取引は、売買の対象となる食肉の現物を伴い、取引仮装行為などと非難されなければならないようなものではないし、また、被告人は、本件共犯者らとの間で食肉の仮装取引を仕組むことを共謀したこともないのであり、かつ、原審で取り調べられた関係各証拠では豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店間の右食肉取引を取引仮装行為ときめつけ、かつ、被告人が原判示の共犯者らとの間で食肉の仮装取引を仕組むことを共謀したというような事実を認定することは到底できないから、如上の事実を認定判示した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、豊田通商東京支店及び日通商事名古屋支店間の原判示の第三「罪となるべき事実」の食肉取引は、前記一で説示したように、あくまでも、ブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の連鎖的な流れの過程における一環としてとらえられるべきものであり、豊田通商東京支店は、いわば情を知らない道具として右の連鎖的な食肉取引の流れの過程に介在させられただけであり、日通商事名古屋支店から食肉代金名下に本件手形の交付を受ける対価として、資金繰りに窮していたブルドックに対してそれに見合う額の融資をさせられていたに過ぎず、これを日通商事名古屋支店の側から見れば、豊田通商東京支店に対して、資金繰りに窮していたブルドックへの融資資金を食肉代金名下に事後的に供給していたに過ぎないものであって、日通商事にとっては、食肉の現物を伴うものであるかどうかとは関係なく、「取引仮装の行為」と断じても一向に差し支えないものであるということ、被告人が、被告人本件共犯者及びブルドックの利益を図り、かつ、日通商事に害を加える目的をもって日通商事常務取締役名古屋支店長としての職務に違背し、取引仮装の行為に加担したうえその一環として豊田通商東京支店に食肉代金名下に本件手形を交付し、日通商事に財産上の損害を加えるについての本件共犯者らとの間での共謀を遂げたということは、原審で取り調べられた関係各証拠によって優に肯認することができ、このことは、前記一で説示したところのブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引が開始されるに至った経緯に関する事実関係と全く同じ事実が原審で取り調べられた関係各証拠で認められることに照らして、明らかといわなければならない。

結局、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、右のブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引が、資金繰りに窮していたブルドックに対して融資をするための取引仮装行為であるとか、そのような取引仮装行為を仕組むについて、被告人が本件共犯者らとの間で共謀を遂げたとかの点は、これを優に肯認することができ、原審で取り調べられた関係各証拠中、右認定に反するものは信用できず、当審における事実取調べの結果によっても、この認定は左右されないから、原判決には、所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

なお、弁護人は、本控訴趣意とは別に、別紙「犯罪事実一覧表(一)」の13について、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、豊田通商東京支店において斉藤勝商事から仕入れた食肉が日通商事名古屋支店に販売されていることが明らかであり、これは、ブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引とは無関係の食肉取引であり、原判決のいう「取引仮装の行為」には該当しないから、これをも取引仮装の行為と認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある旨指摘しているので、もともと適法な控訴理由には当たらないけれども、一応念のため、その点についても記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して検討しておくならば、豊田通商東京支店としては、前にも説示したように、それまでに食肉取引の経験は全くなかったところ、Eらから食肉取引を勧められ、豊田通商東京支店がブルドックから仕入れた食肉は必ず日通商事名古屋支店において買い取ってもらうとの約定の下に、手数料を得るために食肉取引を開始したものであることは原審で取り調べられた関係各証拠によって明らかであり、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定に左右されないが、弁護人指摘のとおり、なぜ、豊田通商東京支店が日通商事名古屋支店に販売した食肉の中に、伝票上斉藤勝商事から仕入れたものがあるのかという点について、疑問の点は残るが、仮に、それが、取引仮装のブルドック、豊田通商東京支店、日通商事名古屋支店及び双栄間の連鎖的な食肉取引とは無関係の食肉取引であったとしても、その取引高はわずかに二〇八三万四四四五円にとどまり、包括一罪として認定された原判示取引仮装の食肉取引に係る日通商事の全損害額七七億円余に比べると、わずかな額でしかなく、到底、判決に影響を及ぼすような事柄ではなく、職権を発動するまでもない。

三  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四に絡む事実誤認の主張第一点について

所論は、要するに、原判決は、原判示の第二「関係会社の概要及び犯行に至る経緯」の中で、日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で開始するに至った食肉取引に関して、「物資部が主管となって新たに食肉取引を開始することになった。」とか、「日通商事は、Eのいうなりに任せ、在庫の管理等をおろそかにしていた。」などと抽象的に判示するのみで、日通商事名古屋支店物資部が食肉取引に関してどのような職務権限を有し、実際にどのような事務処理をしていたのか、部長のAや次長のB、それに係長で後に課長代理になったCが、日通商事名古屋支店物資部において、それぞれどのようにしてその職務を遂行し、どの程度、食肉取引に関与していたのか、また、日通商事本店物資部と同名古屋支店物資部との間の権限等の関係がどうなっていたのか、そして、総合支店である日通商事名古屋支店の支店長であった被告人の職務内容がどのようなものであり、具体的にどの程度、食肉取引に関与していたのか等については明確な判示をしておらず、更に、食肉の在庫等の管理をおろそかにしていたのが、具体的には、いかなる職務権限を有する何者であるかについても明確な判示をしていないが、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各食肉取引は、日通商事名古屋支店物資部が主管になって行ったものである以上、右の各点についても明確な判示をしなければ、被告人の右各食肉取引をめぐる刑事責任の有無及び程度は明らかにならない道理であるにもかかわらず、原判決は、右の各点について明確な判示をしていないし、また、原審で取り調べられた関係各証拠によっても、原判決が以上の諸点を含む事実関係、すなわち、原判示第三の一と四との各事実を認定することはできないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。というのである。

しかしながら、そもそも、原判示第三の一と四とのとおりの各事実だけで被告人がその判示のような特別背任罪をしたという「罪となるべき事実」として十分であり、所論指摘の諸点は、いずれも、刑訴法三三五条が有罪判決を言い渡す場合に示すことを要求している「罪となるべき事実」には包含されない事項であって、それらの点についていかなる範囲及び程度で判決上明らかにするかは、判決の言渡しをする裁判所の裁量権に任されている事柄といわなければならない。そして、記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、原判決が原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四において認定している各事実並びにこれを認定するに当たって原判示の第二「関係会社の概要及び犯行に至る経緯」において認定説示している事実関係はこれを優に肯認することができ、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反するものは信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定は左右されない。論旨は理由がない。

四  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四に絡む事実誤認の主張第二点について

所論は、要するに、原判決は、原判示の第二「関係会社の概要及び犯行に至る経緯」中で、日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で開始するに至った食肉取引に関して、「右食肉取引は、名目上は、多数の仕入先及び販売先からなるが、その実態は、主としてブルドックから仕入れた食肉を、そのまま直ちにブルドックと実質的に同一体と見られる双栄に販売するもので、これに他の会社の名義を使用しているに過ぎない。」とか、「その対象となる食肉については、帳簿ないし伝票に記載のある取引ごとに、それに対応する品質、数量のものが存在したわけではなく、いわば帳簿上だけの売買が相当数介在していた。」とか、「右のような取引は、これを実質的に見ると、日通商事がブルドックと経済的に同一体である双栄から食肉代金名下に手形を受け取る代わりに、自己の信用力の高い手形を金融手形として利用させるものであった。」などと判示しているが、日通商事名古屋支店の食肉の新規取引先が単に双栄に名義貸しをしているに過ぎないものであるかどうかとか、取引に係る食肉の有無や、その品質及び数量とかの確認、すなわち、日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で開始するに至った食肉取引の管理等についての第一次的責任は、日通商事名古屋支店物資部にあり、被告人としては右物資部の報告を信頼して決裁していれば足りるのであるし、また、日通商事本社は、昭和五六年三月ころには、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各食肉取引を始めるとする日通商事名古屋支店においてブルドックや双栄等の間で行っていた食肉取引が金融的な介入取引であることを承知していたものであって、被告人としては、日通商事本社に無断でそれらの食肉取引を行っていたわけではないから、被告人は、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背したことはないにもかかわらず、右の各点を看過したまま被告人において右任務に違背したと認定判示した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、被告人は、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事名古屋支店の業務を統括する立場にあったこと(したがって、「日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で開始するに至った食肉取引の管理等についての第一次的責任は、日通商事名古屋支店の物資部にあり、被告人としては、単に日通商事名古屋支店の物資部の報告を信頼して決裁しておれば足りる。」というような所論のとる前提自体、既にこれに賛成することはできない。)、被告人は、昭和五六年三月ころには、ブルドック及び双栄が資金繰りに窮しており、双栄は単に日通商事からブルドックに食肉代金名下に資金繰りをさせるためのダミー会社であり、ブルドックとは経済的に同一体と評価すべきであって、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の中には、食肉の現物を伴わない帳簿上だけの架空取引が相当に介在し、実質的には、日通商事名古屋支店が資金繰りに窮しているブルドックに対してその資金繰りをまかなうための金融の手段として融通手形を交付しているのと同じであることに気付いていたのであるが、更に被告人は、その直後ころ、日通商事名古屋支店の食肉の販売先が一〇箇所位に急激に増加したことから、これが当時五億円であった日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額の限度枠オーバーをカムフラージュするためであることにも気付いていたこと(それ故、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務を負うべき日通商事常務取締役名古屋支店長である被告人がその時点でとるべき方策は、日通商事名古屋支店がブルドックや双栄等の間で行っていた食肉取引の実態にかんがみ、何よりもまず、商社の健全な取引活動を装ったところのそのような食肉取引を取りやめ、これ以上損害が拡大するのを防止したうえで、既存の双栄に対する債権の回収をできるだけ図っていくという点にあることは、自明の理といわなければならない。)、ところが、被告人は、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間のこれまでのような食肉取引を取りやめるならば直ちに多額の双栄の不渡手形を抱え込むことになるのをいたずらに恐れ、自己の保身のためにも、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の実態が右のようなものであることを日通商事本社に対して明らかにしないまま、これまでのような食肉取引の形態を維持していく中で、とりあえず双栄に不渡手形を出させないように腐心しつつ、おいおいその圧縮を図っていこうとした結果、日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額は増加の傾向をたどり、販売債権額の限度枠オーバーという事態を避けるために、双栄からは、手形の代りに、振出日白地の小切手の交付を受け、現金決済の形を装っていたものの、それでもまかない切れず、遂に被告人は、昭和五六年一〇月になって、日通商事本社に対して、再度、日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額の限度枠を五億円から九億円に増額することの申請をせざるを得なくなり、この限度枠の増額によって、とにかく累積未決済額において増加傾向のある双栄の手形が不渡にならないように腐心していたのであり、そのような状況の下で原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各犯行が相次いで敢行されたものであって、そのうち、右一の犯行に係る被告人の所為は、豊田通商東京支店が善意でブルドックに行った融資に対する資金を事後的に供給しようというもの、実質はブルドックに対する金融の手段としての融通手形の交付であり、また、右四の犯行に係る被告人の所為は、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間等の食肉の現物を伴わない帳簿上だけの架空取引を仕立てたうえ、その食肉代金名下にブルドックに対して金融の手段として日通商事名古屋支店振出の融通手形を交付したというものであること、そして、それら原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各犯行に係る被告人の所為の目的、性質等からして、いずれも、被告人において、昭和五六年三月ころにはその実態を認識していたものであったこと、被告人としては、少なくとも昭和五六年三月以降は、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引を利用したブルドックに対する金融の手段としての融通手形の交付は、自己の保身等に執着しさえしなければ、いつでも取りやめられたはずであるのに、相変らず日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背し続けたうえ、右一及び四の各犯行を犯すという深みに陥ってしまったものであること、日通商事本社としては、例えば、昭和五六年一一月ころ、日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額の限度枠を五億円から九億円に増額することの被告人からの申請に対して、これを七億円の限度で承認した際、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引について、「商社金融の域を出るものではない。」と位置付けたうえ、「ブルドックと双栄とが同一グループに属する会社であることからすれば、その食肉取引は、同族間取引であり、その金融的色彩は強い。」との認識に立ち、被告人に対し、「他の金融機関と同様、限度額まで貸すことは危険であるので、安全度を考慮し、余力を残すよう圧縮する。」などといった指示を与えていたが他面、日通商事本社は、食肉を特定管理商品に指定することとし、昭和五七年一月一日付け「食肉取引の業務処理要領」を策定したり、同月七日付け日通商事本社物資部長の日通商事名古屋支店物資部長あての業務連絡文書「食肉取引について」によって、「仕入、販売、営業企画の実態が伴わない金融に属する取引は、当面禁止している。」旨の注意喚起などもしており、日通商事本社としては、それまでに行われて来たブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引について、これがいわゆる介入取引の範ちゅうに属し、ブルドックグループに対して信用を与えるという意味で、いわゆる商社金融に当たるとは認識したものの、決して、これが食肉の現物を伴わない帳簿上だけの架空取引を相当介在させたものであって、実質的に資金繰りに窮しているブルドックに対して融通手形を交付するのと同じであるとまでは認識していなかったこと。したがって、日通商事本社において、被告人に対して、実態が右に説示したようなものであるところのブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引や、これと軌を一にする原判示の第三「罪となるべき事実」の一(たとえ食肉の現物を伴うものであるにせよ然りである。)及び四の各食肉取引を承諾したということは全くなかったことが明らかであり、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できないし、当審における事実の取調べの結果によっても、右認定は左右されない。

そうだとすれば、被告人が、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背し、右一及び四の各犯行を犯したことは明らかであり、その旨認定判示した原判決には、所論のような事実誤認のかどは一切ない。論旨は理由がない。

五  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一、三及び四に絡む事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、原判示の第二「関係会社の概要及び犯行に至る経緯」中で、日通商事名古屋支店がブルドックから仕入れた食肉をブルドックとは経済的同一体と評価することのできる双栄に販売するという食肉取引が行われていた当時、ブルドック及び双栄がともに資金繰りに窮していたと認定するのみで、ブルドック及び双栄がともに資金繰りに窮し始めた具体的な時期を明確には判示していないが、被告人としては、昭和五六年六月六日ころ、日通商事名古屋支店物資部長次長Bから「繰返しの分です。」といわれて、ブルドックからの食肉仕入れの承認を求められた際に初めて、食肉の架空取引が行われているのを知ったに過ぎないのであって、仮に、原判決が、ブルドック及び双栄において右日時以前から資金繰りに窮していたことをも問題にしているのだとすれば、日通商事名古屋支店物資部からブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の実態について何ら報告を受けていなかった被告人としては、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事のために誠実に職務を遂行しようにも、なすすべがなかったし、他方、被告人が右日時の以前からブルドック及び双栄の資金繰りの窮状について報告を受けておれば、被告人としては、別にとるべき方策もあったはずであるから、原判示のような各約束手形の交付や裏書譲渡といった事態には立ち至らなかったものであり、いずれにしても、被告人は、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背したことはないにもかかわらず、ブルドック及び双栄がともに資金繰りに窮し始めた時期を明確にしないまま被告人において右任務に違背したと認定判示した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、被告人においてブルドック及び双栄が資金繰りに窮していることに気付いた時期は、昭和五六年三月ころのことであって、そのころ同時に被告人は、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の実態に気付いたうえ、日通商事名古屋支店がそれらの食肉取引にかこつけて資金繰りに窮しているブルドックに融通手形を交付しているのと実質的に同じであるということをも認識するに至ったこと、被告人は、自己の保身のためにも、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背し続けたうえ、右のような実態を有するところのブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の反復継続した末、前記のとおりこれとほとんど軌を一にする原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各食肉取引を敢行するに至ったこと、原判示の第三「罪となるべき事実」の三の手形の裏書譲渡も、ブルドックに受取手形を割り引かせて資金繰りをつけさせるために、被告人において日通商事の定めた支店長委任権限規程や会計手引書の禁止を正面から犯したうえ、日通商事名古屋支店の双栄からの受取手形をブルドックに裏書譲渡したというものであり、右のブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引を利用したブルドックに対する金融の手段としての融通手形の交付の延長線上にあったことが明らかで、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定は左右されない。

しかるところ、原判決の認定判示しているところを見るに、原判決は、ブルドック及び双栄がともに資金繰りに窮し始めた具体的な時期を明確には判示していないにせよ、原判示の第三「罪となるべき事実」の一、三及び四の各所為について、右に説示してきたところと同様、被告人においてそれ以前から反復継続してきたところのブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引等を利用したブルドックに対する金融の手段としての融通手形の交付ないしその延長としてとらえていることが、その判文上から明らかであって、そのうえで、被告人が、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背し、右一、三及び四の各犯行を犯したとの事実を認定判示した原判決には、所論のような事実誤認のかどは一切ない。論旨は理由がない。

六  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四に絡む事実誤認の主張第三点について

所論は、要するに、原判決は、原判示の第二「関係会社の概要及び犯行に至る経緯」中で、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引に関して、「ブルドックから食肉を仕入れたとして日通商事がブルドックあてに振り出す約束手形に比べ、双栄が日通商事に対して振り出す約束手形は、当然、日通商事の利益上乗せ分だけでも、その金額はより高額のものとなり、また、ブルドックが日通商事振り出しの約束手形を割り引くについても、割引料が引かれることなどからすれば、このような取引を継続すればするほど、金融逼迫のブルドック及び双栄は、新たに、より多額の資金繰りが必要となる。」などと抽象的に判示するのみで、一体、右の利益上乗せ分や割引料がどの程度のものとなるかについて具体的な判示をしていないし、また、ブルドックが手掛けていた弁当屋、レストラン、ステーキ店、テニス場等の経営から上がる収益についても全く判示していないから、ある一定の時点における右両者の関係いかんでは、原判決の右の判示は破綻を生じるものといわざるを得ず、また、原判決は、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引がいわゆる介入取引といわれるもので、商社金融に属するものであるところ、被告人はそのような食肉取引を行うについて担保を徴しており、双栄に対する債権の回収を図ることが可能であったにもかかわらず、この事実を無視しており、更に、原判決は、「被告人らは、日通商事に対する損害の拡大を防止するための有効適切な方策を講じないまま、互いに緊密に相談を重ねながら、ブルドック及び双栄に対する資金繰りに協力していた。」などと判示し、被告人が双栄に対する債権回収のために打つべき手は打った事実を無視しているのであって、そのような原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によるとブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引は、前説示のように、食肉の現物を伴わない帳簿上だけの架空取引が相当に介在し、実質的には、日通商事名古屋支店が資金繰りに窮しているブルドックに対してその資金繰りをまかなうため金融の手段として融通手形を交付するのと同じであるという実態を有し、これを繰り返せば繰り返すほど日通商事にとっては損害が拡大するというものであって、商社金融などといわれる商社の健全な取引活動とは全く無縁のものであること、それにもかかわらず、右のような実態を有する食肉取引が何回も反復継続された末、遂には、原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各犯行という事態にまで発展してしまったこと(この一連の事実自体の中に、正に、ブルドック及び双栄の金融逼迫状態が一向に改善されなかった様子が如実に表れているということができる。)、Eが所論指摘の弁当屋等の多角的経営にまじめに取り組み、その収益を上げることによって事態が好転するに至るというような状況のなかったこと、昭和五六年一〇月ころ、日通商事本社に対して、日通商事名古屋支店のブルドックグループに対する食肉の販売債権額の限度枠を五億円から九億円に増額することの申請をした際、Eに新たに追加の担保を提供させるなどの手当てをしており、そのうえで、結局同年一一月ころ日通商事本社から、限度枠を七億円にすることの承認を得るなどしているのであるが、それらの担保は、もともと、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引が、介入取引といわれるものにせよ、食肉の現物を伴う健全な取引活動であることを前提としたうえで、それでもなお日通商事が被ることのあり得る損害をカバーしようというものに過ぎなかったこと、逆に、担保を徴しさえすれば、これによって損害がカバーされる範囲においては何をしても許されるということにはならないというものであったということ(したがって、実質的に融通手形の交付としてとらえられる原判示の第三「罪となるべき事実」の一及び四の各所為は、それまでに同種の行為が反復継続され、ブルドック及び双栄の金融逼迫状態が一向に改善されて来なかったという前記認定事実と相まって、担保の有無にかかわらず、それだけで、日通商事に対して財産上の損害を加えるものであって、日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務を負うべき日通商事常務取締役名古屋支店長である被告人としては、直ちにこれを取りやめるべき行為であったといわなければならない。)、被告人は、Eに対して、「銀行からの借入れを考えろ。」とか、「自分の力で肉を引いて商売して、前の分を決済しろ。」などと何度か申し入れたことはあったのであるが、結果的にはEに聞き流されていたものであるから、被告人としては、ブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の食肉取引の実態にかんがみ、何よりもまず、商社の健全な取引活動を装ったところのそのような食肉取引を取りやめ、これ以上損害が拡大する可能性を防止したうえ、既存の双栄に対する債権の回収をできるだけ図っていくべきであったということ(したがって、被告人がブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間等の食肉取引を反復継続したうえで、種々表面を糊塗する手だてを講じたとしても、これをもって打つべき手は打ったことにならないのは当然といわなければならない。)が明らかであり、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定は左右されない。したがって、結局のところ、原判決には所論のいうような事実の誤認はないことになるから、論旨は理由がない。

七  控訴趣意中、原判示の第三「罪となるべき事実」の四に絡む事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人は、原判示の第三「罪となるべき事実」の四のブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の各食肉取引を行うに当たっては、双栄に対する債権の回収を第一義とし、日通商事名古屋支店のブルドックからの仕入金額を双栄からの回収金額よりも少ない額とし、双栄の未決済手形の回収を図っていたものであり、また、右の各食肉取引は、日通商事本社の承認を得て行った商社金融に係る取引であるのに、原判決は、右の各食肉取引を、被告人ら及びブルドックの利益を図り、かつ、日通商事に害を加える取引仮装の行為であると認定判示しており、更に、原判決は、双栄から債権回収のできた三億三七〇六万五八二三円を日通商事の損害から控除していないのであって、そのような原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、原判示の第三「罪となるべき事実」の四のブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の各食肉取引が、資金繰りに窮しているブルドックに対してその資金繰りをまかなうための金融の手段として融通手形を得させるというものに過ぎず、その意味で、これを取引仮装の行為と断じても一向に差し支えはなく、決して、双栄に対する債権の回収を第一義にするものとか、いわゆる介入取引として商社金融に属するものとかでもないことが認められ、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定に左右されない。

また前記認定のとおり、原判示の第三「罪となるべき事実」の四のブルドック、日通商事名古屋支店及び双栄間の各食肉取引を利用して、被告人においてブルドックに対して前記の意味での融通手形を交付した以上、その後、たとえ、双栄から日通商事名古屋支店が交付を受けた手形の決済が一部図られたとしても、前記六で説示したように、ブルドックに対する右融通手形の交付自体が既に、日通商事に対して財産上の損害を加えるものと考えるべきであって、これを日通商事の損害から控除すべきものではない。

以上、結局のところ、原判決には所論のいうような事実の誤認はないことになるから、論旨は理由がない。

八  控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件各犯行の罪質、動機、態様及び結果、本件各犯行に対する被告人の加担の態様及び程度等の諸事情に照らすと、被告人を懲役六年(未決勾留日数中、一〇〇日算入)に処した原判決の量刑も相当であるといわなければならない。

所論は、被告人がブルドックグループとの間で食肉取引を開始することにしたのは、純粋に日通商事名古屋支店の営業成績を向上させるためであり、決して私利私欲のためではなかったことを強調するが、被告人は、結局は、Eから食肉取引の実状に疎いことに付け込まれたうえ、食肉取引をブルドックや双栄の資金繰りのために利用されるようになり、そのことに気付いた後も、自己の保身に執着し、かつ、Eからの金品等の供与に惑わされた挙げ句、それまでの仮装的な食肉取引の形態を反復継続した末、遂に本件各犯行を敢行するに至ったものであって、右所論の指摘する点を余りに強調するのは、当を得たものとはいえない。

また、所論は、総合支店である日通商事名古屋支店の支店長の業務量は膨大であり、支店長の被告人において日通商事名古屋支店の業務をすべて取り扱えるものではなく、各担当部署がまずは責任をもって業務を遂行すべきであり、被告人は、各担当部署からの報告等に基づき決裁していくしかないところ、日通商事名古屋支店の物資部や経理部は、適切にその職務を遂行せず、被告人に隠れた行動をとったり、被告人に正確な情報を伝達しなかったりしたものであって、これが本件各犯行の引きがねになったことを強調するが、前説示のように、被告人は、日通商事常務取締役名古屋支店長として、日通商事名古屋支店の業務を統括する立場にあったのであり、所論のとる前提自体に賛成することはできないが、それはともかく、被告人は、前説示のように、昭和五六年三月ころには、ブルドックグループとの間の食肉取引の実態に気付きながら、自己の保身等のためから、あえて日通商事のために誠実に職務を遂行すべき任務に違背し、それまでの仮装的な食肉取引の形態を反復継続した末、遂に本件各犯行を敢行するに至ったものであって、被告人が本件各犯行において中心的な役割を果たしたものとして、これに対して第一次的な責任を負うべきは当然のことといわなければならない。

更に、また所論は、被告人は、双栄に対する債権回収ということを念頭に置き、最後まで努力した末、本件各犯行を犯してしまったとか、日通商事本社が日通商事名古屋支店とブルドックグループとの間の食肉取引の実態を承知し、これを行うことを承認していたとかを強調するが、前説示のとおり、被告人としては、日通商事名古屋支店とブルドックグループとの間の食肉取引の実態にかんがみ、何よりもまず、これまでの形態の食肉取引を取りやめ、これ以上損害が拡大するのを防止したうえで、既存の双栄に対する債権の回収をできるだけ図っていくべきであったし、日通商事本社が日通商事名古屋支店とブルドックグループとの間の食肉取引の実態を承知してはいなかったのである。

結局のところ、原判決が指摘する被告人に有利な事情のほか、被告人の年齢や健康状態、その他、所論が指摘し証拠上肯認できる被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、原判決の量刑は、なおやむを得ず、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本 卓 裁判官 油田弘佑 裁判官 向井千杉)

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